防衛装備品調達における原価監査と契約条件
太 田 康 広
(慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授)
1
.はじめに
この論文の目的は,防衛装備品のように,市場価格が存在せず,納入業者が少数であるために,原価監
査が実施されるような政府調達の局面において,原価監査がどのような役割を果たしているのかについて
理論的に検討することにある。
防衛省が民間企業から調達する防衛装備品については,その特殊な用途のため,市場価格が事実上存在 しないことが多い。競争入札にせよ,随意契約にせよ,調達に先立って予定価格を算定しなければならな
いが,その予定価格を決定するにあたって参照しうる市場価格がない場合,予定価格を決定する何らかの
方法が必要となる。そこで,防衛省は,防衛庁時代より「調達物品等の予定価格の算定基準に関する訓令」1)
において,予定価格の算定方法の詳細を決定し,それを競争入札のほか,随意契約に対しても適用してい
る。防衛装備品の市場価格がある場合は,それを優先し,市場価格がない場合は,原価計算の結果に基づ
いた総原価に適正な利益を加えて予定価格を算定している。
原価計算によって予定価格を算定する場合には,契約担当官等が原価監査を実施するのが一般的である。
原価監査とは,契約条項等に基づき,調達防衛装備品の製造原価について,納入業者の原価記録を調査し,
必要に応じて,事実を確認してその原価項目の価格や消費数量が妥当かどうかを確認することである。契
約金額を支払金額の上限とする条件を付した原価監査付き契約(原価監査付き原価償還価格契約)の場合,
原価監査によって妥当性が確認された原価情報に基づいて支払額が決定される。原価監査が効果的に行な
われていることは,防衛装備品の調達コストを抑制する上で重要なこととされている。
折しも,2012年1月以降,防衛省による制度調査を契機として,三菱電機株式会社とその子会社・関連
会社(合計4社),住友重機械工業株式会社等が工数を付け替えるなどの手法により過大請求を行なってい
た事実が,次々と発覚した2)。関係各部署で再発防止策がいろいろと検討されているところである。
このような少数の利害関係者による防衛装備品の調達においては,関係者のあいだの情報の非対称性,
インセンティブ構造など,調達契約のあり方が関係者の戦略的相互作用に複雑な影響を与える。そこで,
有益なコメントをいただいた匿名の評価者,分析的会計研究会の参加者のかたがたに感謝する。
慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授。
2012年4月から2014年3月まで会計検査院特別研究官を勤める。
1)防衛庁訓令第35号,「調達物品等の予定価格の算定基準に関する訓令」,昭和37年5月25日,最終改正・防衛省訓令第138号,平成19年8
月27日。
本稿では,フォーマルなゲーム分析によって,原価監査付きの防衛装備品調達契約における発注側の官庁
と受注側の業者とのあいだのインセンティブ構造と戦略的相互作用について検討する。
公共調達における原価監査と過大請求についての初期の研究には,Laffont and Tirole (1992) が挙げられ
る。これは,契約理論のフレームワークの下で,過大請求と原価監査の関係を分析している。効率的な納
入業者と非効率的な納入業者が存在するとき,納入業者が自らのタイプにあった契約を自発的に選択する という制約の下で,情報レントを効果的に抑制する契約デザインについて検討し,不完全な監査技術の下
では,完全な監査技術の下よりも,インセンティブが強化されることを見いだした。また,Laffont and Tirole
(1992) は,納入業者と監査人が結託するケースも分析している。
監査コストがかかる設定の研究としては Dunne and Loewenstein (1995) が挙げられる。本研究のモデル
は,Dunne and Loewenstein (1995) のモデルによく似ている。しかし,Dunne and Loewenstein (1995) は,逓
増的な原価低減努力コストと複数業者の競争入札を仮定し,納入業者のペナルティを風評被害など外生的
に与えられた定額としている点が,本研究とは異なっている。本稿と Dunne and Loewenstein (1995) の分
析結果は類似しているが,本稿では,プレーヤーの戦略や利得が明示的に得られるので,容易に比較静学
を実施することができるという利点がある。
2
.基本モデルの設定
発注側の官庁が,随意契約によって,ある企業(以下,「納入業者」という。)に一定量の財貨またはサー
ビス(以下,「財」という。)の提供を求める状況を分析する。官庁も納入業者もリスク中立的であると仮
定する。
この財の生産コスト c は,c H または c L になることが知られている。ここで,c H > c L である。この
調達契約を受注した納入業者は,財の生産に実際にかかったコストを発注官庁にレポートすることが義務
づけられる。
第1に,納入業者のコスト・タイプ t ∈ {t H , t L } が決定される。タイプ t H を高コスト・タイプとし,
タイプ t Lを(潜在的な)低コスト・タイプとする。納入業者は,確率 p で t = t Lとなり,確率1 − p で
t = t H となる。そして,納入業者は,自社のタイプ t を私的に観察する。タイプ t H の業者の生産コスト
はつねに c Hとなる。タイプ t L の業者の生産コストは情況に応じて c H または c L の値を取る。タイプ t
の実現値は,納入業者の私的情報であるが,そのほかの生産技術情報は共有知識である。
第2に,官庁と納入業者が契約を締結する。契約に記載されるのは,以下に説明する原価低減シェアリ
ング・ルール θ と契約価格αH または αL である。
まず,官庁は,納入価格よりも低いコストを実現した場合に,業者 θ,官庁 1 − θ の割合で削減された
コストをシェアするルールである原価低減シェアリング・ルール θ を決定する。また,官庁は納入業者
に対して原価監査を行ない,報告したコストが実際にかかったコストよりも高いことが発覚した場合には,
虚偽報告の額 c H − c L を徴収することに加えて,虚偽報告の額 c H − c L に一定率 s > 0 を掛けた金額をペ
ナルティとして科すことになっている。ここで,原価低減シェアリング・ルール θ は官庁の戦略変数で
あるが,ペナルティ係数s は外生であって,官庁の戦略変数ではない。なお,虚偽報告があったケースで
は,原価低減シェアリング・ルール θ は適用されない。また,官庁は予定価格を定めておき,これを上
まわる価格では契約は締結しないものとする。予定価格は c H に設定される3)。原価低減シェアリング・
ルール θ は契約に記載され,官庁はその決定にコミットできる(後から変更できない)。
一方,納入業者が見積価格を決定し,官庁に伝えて,その価格で契約を締結する。タイプ t H の業者は
価格 αH , タイプ t L の業者は価格 αL で契約を締結する。契約価格は,もちろん契約に記載され,納入
業者はその金額にコミットする(後から変更できない)。以下,適正利潤は c H, c L に含まれているものと
する。また,αH はタイプ t H の業者が,αL はタイプ t L の業者が,予定価格c H を上まわらないように
しながら,自分の利益を最大化するように決定するので,αL < αH であるとはかぎらない。均衡において,
αH ≠αL が成り立てば,官庁は見積価格を見て,納入業者のタイプを知ることができる。このとき,タイ
プ t H の業者とタイプ t L の業者が分離しているという意味で分離均衡であるという。一方,αH = αL が
成り立つとき,官庁は見積価格を見ただけでは,納入業者のタイプがわからない。これを一括均衡である
という。
第3に,契約が締結され,θ と αH またはαL が決定された後,納入業者がタイプ t L の場合,その業
者はコスト削減努力の水準 β を決定する。コスト削減努力β を選ぶと,コスト削減努力コストk β が発
生する(k > 0)。このとき,確率 β で c = c L となり,確率 1 − β で c = c H となる。納入業者は,コス
ト削減が成功したかどうかを知ることができるが,官庁は知ることができない。
第4に,納入業者は,官庁に報告するコスト・レポートを作成する。生産コストが c H になった納入業
者は,自動的に c H を報告する。生産コストが c Lになった納入業者は,次に,官庁に報告するコストを
決定する。この業者は,確率 γ で水増しされたコスト c H を報告し,確率 1 − γ で実際のコスト c L を
報告する。
第5に,官庁が,原価監査の努力水準を決定し,原価監査を実施する。法令等で定められた最低限度の
原価監査はつねに実施しなければならないので,ここでは最低限度を超える追加的な原価監査努力に注目
する。プレーヤーがすべてリスク中立的なので,固定額の原価監査コストは均衡に影響を与えないため,
最低限度の原価監査については,明示的にモデル化せず,原価監査コストをゼロとする。一方,追加的な
原価監査については,原価監査のコストを次のように定める。まず,納入業者の契約価格が業者のタイプ
別に異なる(αH ≠αL)ケースは,t = t H の業者は不正をしないことがわかるので,この業者に対しては
追加的な原価監査を行なわない。また,納入業者が c Lを報告したとき,その原価レポートが正しいこと
がわかるので,追加的な原価監査を行なわない。一方,αH = αL で,納入業者が c H を報告したとき,お
よび,αH ≠αL であって,入札価格が αL の納入業者が c H を報告したとき,官庁は追加的な原価監査
の努力水準 δ を決定する。官庁の原価監査は,生産コスト c H を c L と間違うことはない。生産コスト
が実際には c L なのに,c H とレポートされているケースにかぎり,確率 δ でこの不正を発見するものと
する。ただし,追加的な原価監査には,h δだけの監査コストが必要とされる(h > 0)。
官庁の戦略変数は θ と δ,タイプ t Lの納入業者の戦略変数はαL と β と γ である。原価低減シェア
リング・ルール θ と契約価格 αH, αL は契約書に書かれるので,あとから変更できないが,β とγ は,
契約締結後の同時決定となり,δ は,納入業者のコスト・レポートを見てから決定される。もっとも,上
で説明したように,追加的監査努力を払うケースと払わないケースがはっきりと分かれており,追加的監
査努力を払うケースのそれぞれを区別することはできないので,追加的監査努力が払われるケースに該当
3)予定価格は,納入業者には知らされないが,ここでは,財の生産コストがc ∈ {c
したとき,どれほどの追加的監査努力を払うのかをあらかじめ決めていると考えて,β, γ, δ の同時決定と 考えてよい。
3
.官庁と納入業者の利得
次にプレーヤーの利得を示す。納入業者に指定された t H タイプの業者の利得F H は,
�� = ��− ��, (1)
である。上限価格は,c H にセットされているので,t H タイプの業者の利得F H は,αH = c H で最大値ゼ
ロを取る。以下,αH = c H とする。
納入業者に指定された t L タイプの業者の利得 F L は,
�� = ��− �[��� ��(1 � �)(��− ��) � (1 − �)(1 − �)(��− ��)] − (1 − �)��− �� , (2)
となる。
官庁の利得は,返還される過大請求額と違約金の合計 (1 � s) (c H − c L) がその官庁の利得を増加させる
と考えるかどうかによって利得構造が異なってくる。過大請求分と違約金も歳入になることは間違いない
ので,政府全体の利得最大化を図ることを考えて,官庁の利得に加えておくことにする。
官庁の利得は,分離均衡のケース(αH > αL)と一括均衡のケース(αH= αL)とで異なる。分離均衡の
期待利得を M s,一括均衡の期待利得をM p とおくと,
��= �{−��� �[��(1 � �)(��− ��) � (1 − �)(1 − �)(��− ��)]} − (1 − �) ��
− [�(1 − �) � ���]ℎ�, (3)
��= �{−��� �[��(1 � �)(��− ��) � (1 − �)(1 − �)(��− ��)]} − (1 − �)��
− [(1 − �) � �(1 − �) � ���]ℎ� , (4)
となる。
つまり,分離均衡のケースでは,見積価格が違うので t = t H の納入業者がわかる。タイプ t = t H の納
入業者は不正を働く余地がないので,追加的な原価監査を行なわない。また,タイプ t = t L の納入業者で
あっても,c L を報告したときは,不正を働いていないことがわかるので,追加的な原価監査は実施しない。
結局,追加的な原価監査を行なうのは,αL で契約した納入業者が c H を報告したときにかぎられるので,
αL で契約した納入業者が実際に c H を観察しているケース(確率 p (1 − β ) で生起)か,αL で契約した
納入業者が実際には c L を観察しながらも c H を虚偽報告したケース(確率 p βγ で生起)にのみ,追加
的な原価監査を実施する。
他方,一括均衡のケースでは,t = t Lのタイプの納入業者が,c L へのコスト・ダウンを達成し,それを
正直に報告したケースを除いて,不正の可能性が残るので,追加的な原価監査を実施することになる。結
局,追加的な原価監査を行なうのは,納入業者がタイプ t H のケース(確率 1 − p で生起)か,納入業者
がタイプ t L であってコスト・ダウンに失敗したケース(確率p (1 − β ) で生起)か,納入業者がタイプ
4
.分離均衡
まず,分離均衡があるかどうかを調べる。次の命題に述べるように,分離均衡は存在しない。この結果
は,Dunne and Loewenstein (1995) の結果と整合的である4)。
命題 1.原価監査付き原価償還契約においては,分離均衡は存在しない。
証明.契約締結後のサブゲームの均衡戦略を決定する導関数 ∂F L /∂β, ∂F L /∂γ, ∂M s /∂δ には,αLが含
まれていない。したがって,契約締結後のサブゲームの均衡解は,契約価格 αL に依存しない。また,契
約締結後のサブゲームの均衡解を代入した M s を θ で微分して得る ∂M s /∂θ も αL に依存しないの
で,いずれの戦略の下においても,∂F L /∂αL= 1 > 0 となり,タイプ t L の納入業者は,可能なかぎり大
きな契約価格を提示しようとする。したがって,契約価格 αL は,予定価格 c H と等しくなり,分離均衡
は一括均衡に退化する。
証明終
この結果を受けて,以下,αH = αL = c H とする。
5
.契約締結後のサブゲーム
それでは,一括均衡のケースでは均衡解はどのようになろうか。順を追って分析するため,まずは官庁
と納入業者が契約を締結し,契約価格 α L と原価低減シェアリング・ルールθ が契約に記載されて確定
した後のサブゲームについて分析する。すでに述べたように,分離均衡は存在しないので,αL = c H とな
る。なお,外生変数が特殊な組み合わせの場合に生じる複数均衡を排除するため,条件 c H − c L> k およ
びp (1 � s) (c H − c L) > h を追加的に仮定する。
命題 2.条件 c H − c L > k かつ p (1 � s) (c H − c L) > h が成り立つとき,契約が締結され,αL = c H と θ が
決定された後のサブゲームには,次のような一括均衡が存在する。
1.θ < θ ∗ のとき,
(a) β = β ∗,γ = 1, δ = δ ∗,
(b) β = 0, γ ∈ [ 0, γ∗],δ = 0.
2.θ = θ ∗ のとき,
(a) β = β † (γ), γ ∈ [γ †, 1],δ = δ ∗ ,
(b) β = 0, γ = 0, δ = 0.
3.θ ∗ < θ < 1 のとき, β = 1, γ = γ †, δ = δ †.
4.θ = 1 のとき,β = 1, γ ∈ [0, γ †],δ = 0.
ただし,ここで,
�∗ ≝ �
��− ��
, (5)
�∗≝ ℎ
�(1 � �)(��− ��)
, (6)
�∗ ≝�∗− �
1 − � , (7)
�∗≝1 − �∗
1 � � , (8)
��(�) ≝ ℎ
�[�(1 � �)(��− ��) � (1 − �)ℎ] , (9)
��≝ (1 − �)ℎ
�[(1 � �)(��− ��) − ℎ]
, (10)
��≝1 − �
1 � � , (11)
である。
証明. 条件 c H − c L > k が成り立つとき,0 < θ ∗ < 1 が成り立ち,条件 p (1 � s ) (c H − c L) > h が成り 立つとき,0 < β ∗ < 1 かつ 0 < γ † < 1 が成り立つことに注意する。
プレーヤーの利得 F L , M pが戦略変数β,γ,δ についてアフィン関数なので,∂F L /∂β > 0 のとき,β = 1
となり,∂F L/∂β < 0 のとき,β = 0 となり,∂F L /∂γ > 0 のとき,γ = 1 となり,∂F L /∂γ < 0 のとき,
γ = 0 となり,∂M p /∂δ > 0 のとき,δ= 1 となり,∂M p /∂δ < 0 のとき,δ = 0 となる。
ここで,
∂ ��
∂ � ={� � �[(1 − �) − (1 � �)�]}(��− ��) − � , (1�)
∂ ��
∂ � = �[(1 − �) − (1 � �)�](��− ��) , (13)
∂ ��
∂ � = ���(1 � �)(��− ��) − ℎ[1 − ��(1 − �)] , (14)
である。
I.∂M p /∂δ > 0 のケース
このとき,δ = 1 である。この条件下では,∂F L /∂γ = − β (θ � s ) (c H − c L ) ⩽ 0 である。∂F L /∂γ = 0 の
ケースと ∂F L/∂γ < 0 のケースに分けて検討する。
1.∂F L/∂γ = 0 のケース
このとき,∂F L /∂γ = − β (θ � s ) (c H − c L ) = 0 から,β = 0 となる。 β = 0 かつ δ = 1 のとき,
2.∂F L/∂γ < 0 のケース
このとき,γ = 0 となる。γ = 0 のとき,∂M p /∂δ = −h (1 − p β ) < 0 となり,矛盾である。このケー
スの均衡解はない。
II.∂M p /∂δ = 0 のケース
1.∂F L /∂γ > 0 のケース
このとき,γ = 1 である。この条件下では,∂ M p /∂ δ = 0 は β = β∗ と同値である。また,
�(1 � �)(��− ��) > ℎ が成り立つとき,0 < β ∗ < 1 であるから,∂F L /∂β = 0 でなければならない。
γ = 1 のとき,∂F L /∂β = 0 は,δ = δ ∗ と同値である。β = β ∗ かつ δ = δ ∗ のとき,∂F L / ∂γ > 0 は,
θ < θ ∗ と同値である。したがって,θ < θ ∗ であれば, β = β ∗ , γ = 1, δ = δ ∗ はサブゲームの均衡解
を構成する。
2.∂ ��⁄∂ � = 0 のケース
条件∂ ��⁄∂ �= 0 が成り立つとき,β = 0 またはδ = δ † となる。β = 0 のとき,∂ ��⁄∂ �= −ℎ < 0
となり,∂M p /∂δ = 0 の仮定と矛盾する。したがって,β > 0 かつδ = δ † でなければならない。β > 0
のとき,∂F L /∂β ⩾ 0 である。このとき ∂ ��⁄∂ �= �(��− ��) − � となるので,∂F L /∂β ⩾ 0
は,θ ⩾ θ ∗ と同値である。
ここで,θ > θ ∗ ならば,β = 1 となる。 β = 1 のとき,∂M p /∂δ = 0 は,γ = γ † と同値である。
逆に,θ > θ ∗ ならば,β = 1, γ = γ †, δ = δ † はサブゲームの均衡解を構成する。
一方,θ = θ ∗ のとき,δ = δ † = (1 − θ ∗)/(1 � s) = δ ∗ である。また,∂M p /∂δ = 0 は,β = β † (γ) と 同値である。ここで,∂β † (γ) /∂γ < 0 は,(1 � s) (c H − c L) > h と同値なので,�(1 � �)(��− ��) > ℎ
のとき,∂β † (γ) /∂γ < 0 となり,β † (γ) はγにつき単調減少である。また,β † (1) = β ∗かつβ † (γ †) = 1
である。したがって,θ = θ ∗ のときは,β = β † (γ),γ ∈ [γ †, 1], δ = δ ∗ がサブゲームの均衡解を構成す
る。
3.∂F L /∂γ < 0 のケース
このとき,γ = 0 である。γ = 0 のとき,∂M p /∂δ = −(1−p β ) h < 0 となり,矛盾である。このケー
スの均衡解はない。
III.∂M p /∂δ < 0 のケース
このとき,δ = 0 である。この条件下では,∂F L/∂γ = β (1 − θ ) (c H − c L) ⩾ 0 である。∂F L/∂γ > 0 の
ケースと ∂F L /∂γ = 0 のケースに分けて検討する。
1.∂F L /∂γ > 0 のケース
このとき,γ = 1 かつ δ = 0 となる。この条件下では,∂F L /∂β = c H − c L − k > 0 となり,β = 1 が
必要である。β = 1 かつ γ = 1 のとき,∂M p /∂δ = p (1 � s) (c H − c L) − h > 0 となり,矛盾である。
このケースの均衡解はない。
2.∂F L /∂γ = 0 のケース
δ = 0 のとき,∂F L /∂γ = β (1 − θ ) (c H − c L ) = 0 であるから θ = 1 または β = 0 となる。また,
� = 0 のとき,∂F L /∂β = [γ (1 − θ ) � θ ](c H − c L) − k となる。ここで,θ = 1 と仮定すると,
∂ ��/∂ � = ��− ��− � > 0 となり,β = 1 でなければならない。β = 1 のとき,∂M p/∂δ < 0 は,
� <γ � と同値である。逆に,θ = 1 のとき,β = 1, γ < γ†, δ = 0 は,サブゲームの均衡解を構成する。
一方,β = 0 と仮定すると,θ < 1 となり,また,δ = 0 であるから,∂F L /∂β = [γ (1 − θ ) � θ ]
(1 − θ ) であるから,0 ⩽ � ⩽ �∗のためには,θ ⩽ θ ∗ でなければならない。このとき,θ < 1 である。
逆に,θ < θ ∗ のとき,� = 0, � ∈ [0, �∗], � = 0 は,サブゲームの均衡解を構成し,θ =θ ∗ のとき,
β = 0,γ = 0,δ = 0は,サブゲームの均衡解を構成する。
以上の結果を整理すると命題2になる。
証明終
この契約締結後の均衡解について特筆すべきことは,θ < θ ∗ が充たされるほどに弱い原価低減シェアリ
ング・ルールは機能しないということである。1.(a)の均衡では,一定の原価低減努力が払われ,追加的
な原価監査が実施されるが,γ = 1,つまり,c L へと原価低減に成功した企業は100パーセント虚偽報告
をするため,原価低減シェアリング・ルールは利用されない。1.(b)の均衡では,そもそも原価低減努力
が払われないので,原価低減分がシェアされることもない。したがって,原価低減シェアリング・ルール θ
は,設定はされるものの,実際に利用されることはない。
このように,原価低減シェアリング・ルールが利用されないのは,納入業者の取り分が少なすぎるから
である。1.(a)の原価低減努力を払う均衡においても,納入業者としては,原価低減シェアリング・ルー
ルを利用して原価低減分の一部を受け取るくらいなら,虚偽の原価を報告して,発見されないときに原価
低減分を丸々享受したほうが有利になる。一方,1.(b)の均衡は,原価低減インセンティブが弱すぎて,
そもそも原価低減努力を払わないケースに相当する。結果として,弱すぎる原価低減シェアリング・ルー
ルは,原価低減インセンティブとして不十分であったり,正直な報告を促進したりしないという意味で, 実質的に機能していない。
次に,θ が十分に小さいときに官庁の追加的な原価監査努力がどのようになるのかについて見てみよう。
このサブゲームの均衡条件の1つは,∂M p /∂δ = p βγ (1 � s ) (c H − c L ) −h [1 − p β (1 −γ)] である。右辺
第1項は,納入業者が t L タイプとなり,原価低減に成功して,虚偽のレポートを提出した場合の単位監
査努力あたりの過大請求返還額と違約金の期待値である。右辺第2項は,単位監査努力あたりの原価監査
コストの期待値を納入業者が原価低減を正直に報告したケースを除くことで計算したものである。均衡1.
(a)のケースでは,官庁の追加的な原価監査努力水準を変更するインセンティブを消し去るように,納入
業者は原価低減努力水準を決定する。一方,β = 0のとき,∂M p /∂δ = −h < 0 となり,官庁は追加的な原
価監査を行なわない。原価低減努力がまったくなされなければ,c L が実現することはなく,したがって,
c L を c H だと虚偽報告されることもないので,追加的な原価監査はムダな作業になる。このとき δ = 0 と
なり,1.(b)の均衡解となる。
なお,1.(a)の均衡解においては,虚偽報告の違約金係数 s が大きくなると,官庁の過大請求返還額
と違約金の期待値が大きくなるので,官庁はより原価監査努力を払おうとする。納入業者としては,官庁 を均衡にピン留めするために,追加的な原価監査努力を増やそうとするインセンティブをちょうど相殺す
るように,原価低減が成功する確率 β を押し下げるほかない。したがって,s が増加すると β は減少す
る。同じ議論は,c Lタイプの発生確率 p についてもいえる。確率 p が大きくなると官庁が受け取る過大
請求返還額と違約金の期待値が大きくなるので,官庁の追加的な原価監査努力を均衡に留めるため,納入
業者は,原価低減が成功する確率 β を押し下げるのである。
均衡1.(a)では γ = 1 であるが,γ = 1 のとき,∂F L /∂ β = c H − c L − k −δ (1 � s ) (c H − c L ) となる。
は,追加的な原価監査により虚偽報告が発覚したときの過大請求返還額と違約金の期待値である。官庁は,
追加的な原価低減努力を均衡に留めるために,原価低減努力単位あたりの原価低減額と追加的な原価監査
により虚偽報告が発覚したときの過大請求返還額と違約金の期待値の額の比に等しいレベルに追加的な原
価監査努力水準 δ を設定する。これにより,納入業者が原価低減を得るために追加的な原価低減努力を
増やそうとするインセンティブと,追加的な原価監査により虚偽報告が発覚したときに,過大請求分を返
還し,違約金を支払うことを避けるために,原価低減努力を減らそうとするインセンティブがちょうど釣
り合うことになる。結果として,δ = δ ∗ が追加的な原価監査努力の均衡値となる。
原価低減シェアリング・ルールがちょうど θ = θ ∗ を充たすとき,2.(b)の均衡は,明らかに1.(b)
の均衡が連続的に推移したものである。θ = θ ∗ のとき,区間 [0, γ∗] は一点ゼロに退化する。一方,2.(a)
の均衡は1.(a)の均衡が少しかたちを変えたものとなっている。
これは,納入業者の虚偽報告確率を増減するインセンティブを消去するために,官庁が追加的な原価監
査努力を δ = δ † に設定したとき,たまたま,θ = θ ∗ だと,原価低減努力を増やしても減らしても,納入
業者にとっての利得が変わらなくなってしまって,β の均衡水準が決まらなくなってしまうからである。
このとき,β = β † (γ) を充たす原価低減努力であれば,つねに ∂M p /∂δ = 0 となり,官庁の追加的監査
努力を δ = δ∗ に固定できる。したがって,β = β † (γ) の関係を充たす多くの均衡解があることになる。
原価低減シェアリング・ルールが,θ > θ ∗ を充たすほどに強くなると,サブゲームの均衡解は1つに集
約される。つねに原価低減が成功するほど十分な原価低減努力が払われ(β = 1),一定の確率で追加的な
原価監査が実施され(δ = δ †),一定の確率 1 − γ † で原価低減シェアリング・ルールが利用されることに
なる。原価低減シェアリング・ルールが十分に強力なとき,納入業者には,十分な原価低減努力を払うイ
ンセンティブがある。この場合,納入業者の虚偽報告を一定水準に留めるために,官庁は追加的監査努力
の水準を決定し,官庁の追加的監査努力を一定水準に留めるために,納入業者は虚偽報告の確率を決定す
るという均衡となる。
確定価格契約(θ = 1)のときは,追加的な原価監査努力が払われるならば,納入業者に虚偽報告するイ
ンセンティブはまったくない。正直に報告すれば,原価低減分はすべて享受することができるからである。
したがって,官庁の側も追加的な原価監査努力を払うインセンティブはない。しかし,追加的な原価監査
努力が払われないのであれば,虚偽報告が発覚することはないので,納入業者は虚偽報告するかどうかに
ついて無差別になる。また,追加的な原価監査努力が払われなければ,納入業者は原価低減努力を増やす
インセンティブを持つ。確定価格契約においては,契約の繰り返しなどダイナミックな側面を考慮しなけ
れば,そもそもコスト・レポートや原価監査は不要であろう。
6
.最適原価低減シェアリング・ルール
原価低減シェアリング・ルールが θ < θ ∗ を充たすほど弱く,原価低減努力が払われ,追加的な原価監
査が実施される1.(a)の均衡においては,次の結果が成り立つ。
系2.1. 均衡 θ < θ ∗, β = β ∗, γ = 1, δ = δ ∗ においては,M p = −c H, F L = 0 となる。
つまり,この均衡においては,官庁は原価低減効果をまったく享受することができず,納入業者は超過利
益をまったく得ることができない。原価低減シェアリング・ルールにより,原価低減努力が払われ,一定の
もちろん,これは官庁とt Lタイプの納入業者の期待利得であるから,現実には,原価低減が成功するかど
うか,追加的な原価監査によって虚偽報告が発覚するかどうかによって,実現利得は異なってくる。しかし,
両プレーヤーともリスク中立なので,期待利得が等しければ,社会的に価値が生み出されたとはいえない。
一方,弱い原価低減シェアリング・ルールの下で,原価低減努力が払われず,追加的な原価監査が実施
されない均衡解ではプレーヤーの利得はどのようになるであろうか。
系 2.2. 均衡 θ ⩽ θ ∗, β = 0, γ ∈ [0, γ ∗ ], δ = 0 においては,M p = −c H , F L = 0 となる。
均衡1.(b),2.(b)においては,原価低減努力β がゼロとなり,低いコストc L が実現することはない。
その結果,低いコスト c Lを実現した納入業者はいなくなるので,実際には,虚偽のコスト・レポートが提
出されることもない。虚偽の報告が行なわれないので,官庁が追加的な原価監査を実施することもない。つ
まり,この場合,原価低減努力が払われないので,その結果は誰にも帰属しないということである。
このように,θ < θ ∗ といった弱い原価低減シェアリング・ルールの下においては,一定の原価低減努力
が払われる場合であっても,原価低減分は追加的な原価監査のコストとして費やされるので,官庁,納入
業者とも期待利得は増加しない。原価低減努力が払われない場合と期待利得は同じである。
それでは,原価低減シェアリング・ルールが少しずつ,強化されていくとどういうことが起こるであろ
うか。θ = θ ∗ のケースでは,原価低減努力が払われない均衡2.(b)もあるが,γ の値に応じた原価低減
努力が払われる均衡2.(a)もある。この場合には,次の系が成り立つ。
系2.3. 均衡 θ = θ ∗, β = β † (γ), γ ∈ [γ †, 1], δ = δ ∗ においては,
��= ��∗ ≝ −�(1 � �)��(1 � �)(��(��− ��) � (1 − �)(��� �)ℎ
�− ��) � (1 − �)ℎ
, (15)
FL = 0 となる。また,��∗は,γ = γ † で最大値 �����を取る。ここで,
�����≝ −��
�(1 − �)(1 � �) � �
�[�� − ��(1 − ��)](1 � �) − (��� �)[�(1 � �)��� ℎ]
(1 � �)(��− ��) − ℎ , (16)
となる。
証明. θ = θ ∗, β = β † (γ), δ = δ † を M pに代入して,��∗を得る。直接計算すると,
∂ ��∗
∂ � = −
(1 � �)(��− ��)(��− ��− �)ℎ
[�(1 � �)(��− ��) � (1 − �)ℎ]�< 0
, (17)
であることがわかる。したがって,できるだけ小さい γ が最大値を与える。��∗に γ = γ † を代入して,
�����を得る。
納入業者の期待利得はゼロなので,納入業者としては,官庁の期待利得を高めるようにγ = γ † を選択す
るか,官庁の期待利得を低めるように γ = 1 を選択するかについては無差別である。さしあたり,納入業
者の期待利得が変わらない場合には,官庁の期待利得を最大化するように行動すると考えておく。
次に,θ > θ ∗ のケースの均衡解について考える。
系 2.4. 均衡 θ ∗ < θ < 1, β = 1, γ = γ †, δ = δ † においては,
��= ���≝ −��
�(1 � �)[1 − �(1 − �)] − �
�(1 − �)[�(1 � �)��� ℎ]
(1 � �)(��− ��) − ℎ
���{��(1 � �)[1 − ��(1 − �)] � ℎ�}(1 � �)(�
�− ��) − ℎ
, (18)
FL = θ (c H − c L) − k となる。θ = 1, β = 1, γ ∈ [0, γ †], δ = 0 のときは,M p = −c H である。なお,
∂ ���
∂ � = −
(��− ��)[�(1 � �)(��− ��) − ℎ]
(1 � �)(��− ��) − ℎ < 0 , (19)
となり,���は θ について単調減少である。また,lim���∗���= �����, lim���∗[�(��− ��) − �] = 0 で
ある。
したがって,M p は,θ = θ ∗ で最大値 �����を取る。したがって,サブゲームの均衡解を与件として,
官庁は,θ を θ ∗ 近辺に設定することになる。具体的には,θ = θ ∗ のとき,納入業者がγ = γ † に設定す
るのであれば,官庁は θ = θ ∗ とし,納入業者が γ = γ † に設定しないのであれば,官庁は θ ≠θ ∗ を保っ
たまま,θ を θ ∗ へ限りなく近づける。いずれの場合であっても,官庁の利得は ����� にほぼ等しく,納
入業者の利得はほぼゼロに等しい。このゲームの均衡解は,θ = θ ∗, β = 1, γ = γ †, δ = δ ∗ と考えてよい。
比較静学の結果は次のようにまとめられる。
系 2.5. ∂ �∗
∂ (��− ��) = −
�
(��− ��)�< 0
, (20)
∂ �∗
∂ � =
1
��− �� > 0
, (21)
∂ ��
∂ � = −
ℎ
��[(1 � �)(��− ��) − ℎ] < 0 , (22)
∂ ��
∂ ℎ =
(1 − �)(1 � �)(��− ��)
�[(1 � �)(��− ��) − ℎ]�> 0
, (23)
∂ ��
∂ � = −
(1 − �)(��− ��)ℎ
�[(1 � �)(��− ��) − ℎ]�< 0
, (24)
∂ ��
∂ (��− ��) = −
(1 − �)(1 � �)ℎ
∂ �∗ ∂ (��− ��) =
�
(1 � �)(��− ��)�> 0
, (26)
∂ �∗
∂ � = −
1
(1 � �)(��− ��) < 0
, (27)
∂ �∗
∂ � = −
��− ��− �
(1 � �)�(��− ��) < 0 , (28) ∂ �����
∂ � =
(1 − �)(��− ��)(��− ��− �)ℎ
[(1 � �)(��− ��) − ℎ]� > 0
, (29)
∂ �����
∂ � =
(1 � �)(��− ��)(��− ��− �)
(1 � �)(��− ��) − ℎ > 0
, (30)
∂ �����
∂ ℎ = −
(1 − �)(1 � �)(��− ��)(��− ��− �)
[(1 � �)(��− ��) − ℎ]� < 0
. (31)
最適な原価低減シェアリング・ルールθ ∗ は,原価低減の余地c H − c L が大きくなると小さくなり,原
価低減コスト k が大きくなると大きくなる。原価低減に成功した納入業者が虚偽報告をする確率 γ † は,
t L タイプが実現する割合が高くなると下がり,追加的な原価監査のコスト h が上がると増加し,納入業
者に科されるペナルティ s が増加すると減少し,原価低減の余地 c H − c L が大きくなると減少する。最
適な追加的監査努力の水準 δ ∗ は,原価低減の余地 c H − c Lが大きくなると大きくなり,追加的な原価監
査のコスト k が大きくなると小さくなり,納入業者に科されるペナルティs が大きくなると小さくなる。
官庁の期待利得 �����は,納入業者に科されるペナルティ s が大きくなると増加し,t L タイプが実現す
る割合が高くなると増加し,追加的な原価監査のコスト h が増加すると減少する。
7
.
終わりに
この論文では,市場価格のない防衛装備品の調達において利用される原価監査付き原価償還価格契約に
おいて原価低減インセンティブ条項を付す場合,原価低減の余地と原価低減のコストによって,原価低減
シェアリング・ルールの水準が決定されるという結果を得た。
原価低減シェアリング・ルールがあまりに弱い場合には,納入業者が原価低減努力を払わないか,原価
低減が実現したときに正直に報告しないという意味で,原価低減シェアリング・ルールは機能しない。
一方,原価低減シェアリング・ルールが十分に強ければ,納入業者はつねに十分な原価低減努力を払い,
原価低減を実現させる。しかし,一定の確率で原価低減シェアリング・ルールを利用するとともに,一定
の確率で虚偽報告を行ない,官庁が確率的に実施する追加的な原価監査によって不正が発見された場合に
はペナルティを支払うという均衡になる。
これらの均衡の中間にある,強すぎず弱すぎない原価低減シェアリング・ルールが,発注官庁の期待利
得を最大化する。その閾値 k / (c H − c L) は,原価低減が比較的容易な情況や,期待される原価低減額が大
きい場合には小さく設定することができる。このような分析結果は,一定の実務的インプリケーションを
参考文献
Dunne, Stephanie A. and Mark A. Loewenstein (1995) “Costly Verification of Cost Performance and the Competition for Incentive Contracts,” The RAND Journal of Economics 26 (4), 690-703.